長岡郡本山町の土佐あかうし生産者「細川さん」

細川さんの牧場は、本山町の山間の静かな地域にありました。
肥育と繁殖の牛舎があり、9割以上が土佐あかうしです。

細川さんは、土佐あかうしを育てて45年以上になります。赤牛の好調な時期も厳しい時期も、さまざまな局面を経験してこられました。
当時のお話や、これからの土佐あかうしについても伺いました。

細川さん取材の注目点!
  • 土佐あかうしを育てて45年の大ベテラン
  • 市場変動の時代を知る生産者さん
  • 土佐あかうし・牛飼いへのひたむきな想い

▼土佐あかうし協会チャンネル YouTube動画・全編

細川さんの牧場について

土佐あかうし

肥育の牛舎

最初に、肥育の牛舎を見せていただきました。ここでは、40~45頭ほどの牛を飼っています。
山間の地域ということもありますが寒い日で、冬毛で頭をフサフサさせた赤牛が迎えてくれました。

牧場のあるこの地域は、静かでゆったりと過ごせる環境で、冬は寒いですが、細川さんによると赤牛は割合寒さに強い印象といいます。

生産者の細川さんと土佐あかうし

繁殖の牛舎

次に、繁殖の牛舎を見せていただきました。こちらには13~14頭の母牛がいて、年間13頭ほど子牛が生まれており、あと出荷に足りない分は子牛を購入しています。

細川さんは、肥育と繁殖の両方を手掛けています。
繁殖も行うメリットを聞くと、競りで子牛を買おうとするといい牛をみんな買いたがるため価格が高くなってしまうことと、牧場に優秀な母牛を確保して繁殖させるほうが、枝肉の重量や質も安定するとのこと。

土佐あかうしの母子

細川さんの牧場では、母牛の出産回数は平均8回ほどです。
気を遣っている点としては、いい母牛は脂肪が付きやすくなる傾向があり、脂肪がつくと受胎率が低くなるため、放牧で運動をさせて余分な脂肪が付かないように調整しているといいます。

土佐あかうしの角

出産によって節が入った角

細川さんの牧場にも、発情発見器・カメラ・分娩センサーを設置していました。こちらを導入してから、数日間夜中に起きて様子を見に来るようなことも無くなったため、妊娠・出産の管理がとても楽になったといいます。
初産だと事故が多いため特に気を遣うのですが、導入後はそういった事故を減らせたと細川さんは話されました。

繁殖の牛舎の機器

肥育と繁殖のポイント

土佐あかうしを育てる上で大変なことやポイントを伺ったところ、肥育では、どれだけしっかり体重を乗せてどれだけ質のいいものを作れるか。繁殖では、安全にいかに早く出産させて、いかに早く種付けをさせるか、と細川さんは話されていました。

土佐あかうしの隆盛期と氷河期

生産者の細川さんと土佐あかうし

細川さんは28歳から土佐あかうしを育ててこられ、もう45年以上になります。
以前は役所で10年勤めていましたが、かねてから牛を飼いたいという思いがあり、家業ではない立場から農家の道へ転身を決めました。
最初は酪農牛を飼いたかったのですが、補助金の支援があったこともあり肉用牛の農家を始めたそうです。

土佐あかうしの隆盛期

細川さんが農家を始めた頃、全国的に赤牛がブームで、急速に値上がりしていったと細川さんは当時を振り返りました。
始めは子牛の価格が35万だったのが、みるみる45万までに値上がりしたと。その頃に細川さんが広島へ牧場見学に行った際は、黒牛が27万で、赤牛と10万以上の差があったといいます。

またその頃の高知県では、嶺北よりも安芸や室戸のほうが土佐あかうしが多かったそうで、そちらへ購入に行ったそうです。

土佐あかうしの氷河期

細川さんが牧場を始めて2~3年した頃、牛肉の輸入自由化が進められ、その影響で赤牛の価格は下がっていったといいます。
当時40~45万円で仕入れた牛が、売る頃には20万円ほどにまで下落。子牛1頭分にも満たない価格になってしまったそうです。

用語ミニ解説

牛肉の輸入自由化

1991年に牛肉の輸入枠が撤廃され、安価な海外産牛肉が増加。それにより価格競争が激化し、国内の牛肉相場は下落。牛肉消費の低価格化や食の多様化が進む一方で、多くの畜産農家が経営の見直しを迫られるなど、現場に大きな影響を与えました。

牛肉の輸入自由化で価格の安い輸入牛肉が入ってくる中、国産牛はどうなっていったのか。

細川さんによると、全国的に頭数の多かった黒牛は改良が早く進み、頭数や重量も比較的早い段階で安定していきました。一方、地方にしかおらず頭数も少なかった赤牛は改良が思うように進まず、次第に黒牛との差が広がっていったといいます。

その結果、土佐あかうしを飼っていた農家は経営が厳しくなって廃業する人が相次ぎ、土佐あかうしの頭数は激減していきました。当時は「どん底」だったと、細川さんは語ります。

そんな大変厳しい状況の中、それでも続けてこられた理由を伺いました。
細川さんは、経営は苦しかったしやめようと何回も思ったが、ずっと牛を飼いたかったことと、始めた農家の経営をなんとか軌道にのせたかった、その想いでなんとか頑張ってこられたと話しました。

生産者の細川さんと土佐あかうし

土佐あかうしのこれからについて

土佐あかうし

ニュースでも取り上げられていますが、近年土佐あかうしの価格は上がってきています。
土佐あかうしが注目される中、細川さんに土佐あかうしのこれからについてどう思われているか、お話を伺いました。

これからの生産状況

細川さんが言われるには、土佐あかうしは注目されている関係もあって、枝肉相場は東京相場と同等またはそれ以上で取引されているといいます。この状態が続けば、赤牛のほうが将来性があるのではないかと。
また、これからもっと土佐あかうしの改良が進めば、もっと生産が安定しもっと経営がよくなるのではと、細川さんの話されていました。

新規就農者について

将来性が期待される土佐あかうしですが、細川さんは新たに農業を志す人がほとんどいない現状を懸念しています。
若い世代が入ってこなければ、今後、これから土佐あかうしをはじめとする肉用牛の生産力が低下していくのではないか、そんな危機感を抱いています。
新規就農者が挑戦しやすいよう、施策などの環境づくりや、安定した価格で安定した経営になれば一番いいと、落ち着いた口調で話されました。

特に新規就農者が苦労しそうな点を伺うと、肉用牛は買ってきてから出荷するまでの期間が長いため、その間の資金繰りが大変とのこと。
ご自身が始められた際も補助金が後押しになったそうです。また、現在のほうが補助が充実しているのではとも言われていました。

細川さんのこれからの展望

細川さんにご自身のこれからについて伺ったところ、牧場を息子やお孫さんが継がれる予定で、牧場の規模拡大を考えられているとのこと。
なお、昨年取材させていただいた秋山さんは細川さんの娘婿にあたります。息子さんはすでに就農し、頭数を増やしていっているという状況です。

お子さんが農家を始められる前は、頭数を減らしていた細川さんですが、今はもっと頭数を増やしていきたいと、落ち着いた口調で今後の展望を語っていました。

生産者の細川さんと土佐あかうし

細川さんへインタビュー!

生産者の細川さんと広報おだち

インタビュアー:広報理事 小田雄介(おだち)

土佐あかうし協会

ここでやって細川さん何年目になりますか?

細川さん

もう45年を過ぎたですね。

土佐あかうし協会

もともとは何をされていて、どういったきっかけで始められたんでしょう?

細川さん

公務員で10年ぐらい勤めてたんですけど、その間にもちょっと牛を飼いたいなという思いがずっとあったんで。28の時に退職して、それからここに帰ってきてやり始めたということですね。

土佐あかうし協会

始められた頃は、赤牛も結構良かった時期から始めたような感じです?

細川さん

そうですね、赤牛が絶頂期じゃなかったですかね。昭和50年代の始め頃。

土佐あかうし協会

そこからちょっと外国の牛とかも入ってきた兼ね合いで…ですか?

細川さん

そうですね。牛肉の輸入自由化の問題が出てきて、それが現実化していく中において、特に土佐あかうしは激減していって。
それで、繁殖させた子牛なんかももう45万ぐらいで売れてたのは、もう20万台ぐらいで。

土佐あかうし協会

半額以下…。厳しいですね。

土佐あかうし協会

そんな状況がある中で、周りはきっと辞めていった方も多いと思うんですけど、今に至るまで赤牛をやめなかったのはどういったところが?

細川さん

うーん、やっぱり…。勤めを辞めて始めた関係もあって、まあ何とかしようというような気持ちと、牛を飼いたいというような思いが強かったんでね。
それで何とか、何とか頑張れたというかね。

土佐あかうし協会

でも細川さんのおかげで赤牛が今日に至るまで、こういう風に、しっかり受け継がれてきて、今結果として赤牛が注目されていると思うんですけど、今の赤牛の生産の現状とか、そういったことに対してどう受け止めていらっしゃいますか?

細川さん

そうですね、枝肉価格は比較的高値で取引されていますので、経営的には安定してきているとは思うんですけれども、やっぱり…。
新規の経営者、新規参入者がほとんどいないというような現状を考えると、どうしても今後これから先、赤牛もそうですけれども肉用牛全体の生産力が落ちてくるんじゃないかなというふうに思っておるんですけどね。
ですから、やはり若い人が取り組めるようなそんな施策、それで価格が安定して安定した生活ができるような、ようになってくれればね、1番えいんですけど。

土佐あかうし協会

赤牛を育てるにあたってのこだわりというか、どういう方針で育てられていますか?

細川さん

こだわりは、土佐あかうしというだけあって高知の特産でもありますので、それでまあその土佐の赤牛というのにこだわって、ずっと飼っています。
ですから、それが全国的にもうちょっと知名度が上がるようにしていってもっと広まれば、もっともっと経営的には楽になって。

土佐あかうし協会

土佐あかうしの未来はどうでしょう?明るそうですかね?

細川さん

そうですね、明るいと思います。
ただ、頭数が減少してるので、それによってからにマイナスの要因が出てくるということはちょっと懸念されるんで、もうちょっと増頭というのに力を入れていけば、赤牛の未来は明るいと思います。

土佐あかうし協会

その言葉が聞きたかったです。ありがとうございます。

土佐あかうし協会

これから赤牛を食べる皆さんに一言いただいてもいいですか?

細川さん

赤牛は、黒毛牛と違いまして非常に赤身の優れた牛、赤身がおいしいという声を皆さんからいただいていますので。
ぜひ、赤身のうまい、本当の牛肉を味わっていただきたいと思います。

土佐あかうし協会

はい、これからも頑張ってください。ありがとうございます!

細川さん

どうもありがとうございました。

※インタビューは人柄や空気感を伝えられるよう、できるだけ話し方そのままに近い文章で文字起こしをしております。

インタビュー記事は抜粋内容になります。全編はYouTube動画をぜひご覧ください。

▼土佐あかうし協会チャンネル YouTube動画よりインタビュー抜粋

土佐あかうし協会YouTube動画・全編

編集後記

今回の取材で、細川さんから、これまで土佐あかうしの好調だった時期や厳しい時期など、様々な局面のお話を伺うことができました。
中でも厳しい時期は、詳細な価格のお話もあり、非常に経営が厳しかったことが伺えました。
私たちが現在も、希少で美味しい土佐あかうしを食べることができるのは、細川さんのように厳しかった時期にも廃業せずに続けてこられた方たちのお陰です。

落ち着いて冷静な口調で説明をしてくださった細川さん。取材の合間、牛の性格を語る時の笑顔や、牛の頭をほうきでかいてあげる姿からは、牛への愛情が伝わってきて、その様子にこちらも心が和みました。